『幽霊的瞬間』(渡辺ファッキン僚一)

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もう覚悟決めろや! ゼッテーおもしれぇって!
みなんおもしろいって言ってるよ! あいつもコイツも!
みんな買ってるよ!(血走った目で)
……というわけで、おもしいと思った人はお友達にも薦めてください。
いや、もう、マジで、頼む!
こんなおもしれぇノベルゲーはファッキンそうそうねぇぜ!

んじゃ、『幽霊的瞬間 第3話』
過去のはこっち。
『幽霊的瞬間 第2話』
『幽霊的瞬間 第1話』

「んじゃ、行くぜ」
返事を聞かずに歩き出した先輩の背中を追いながら、
私は左右をキョロキョロする。
大学って不思議な空間だ。
まず校舎が一つじゃないのが不思議。
無駄に広い敷地内に、校舎がいくつもあるのだ。
一つにまとめたら不都合なんだろうか?
敷地内の端の教室から端の教室へ移動することになったら、
それだけで十分以上かかってしまうんじゃないだろうか? 
しかも校舎だけじゃなくて、
コンビニや本屋や食堂や喫茶店まであるのだ。
一つの街みたいなのに、明らかにそうじゃない雰囲気。
生活臭がするけど、しない、みたいな。
本物と偽者の区別がつかないというか……。
社会と隔離されているのにされてない、というか。
間違いなくこの世なのに、この世じゃないような気がする。
もっともそれは、作りかけの巨大な彫刻が無造作に転がってたり、
行き交う人々を無表情で撮影する人がいたり、
コスプレの人がいたりする一方で、
高そうな楽器を持った物凄くお嬢様っぽい人々がいたりするからかも。
他の大学を歩いたことはないけど、きっとこんなんじゃないと思う。
大通りみたいな道を、ずーっと進んだ先にグラウンドがあった。
芸大のグラウンドなのに立派。
芸大生なんか運動なんかしなさそうなイメージなのに。
「このグラウンドは今年になってできたばっかでな」
「それでピカピカなわけですね」
ネットを支える鉄棒に錆び一つないのはそういうわけか。
「どこのサークルもこのグラウンドをファッキン使ってねーんだ」
「どうしてですか?」
「去年まで体育会系のサークル連中は校外の練習場を使ってたからな。
どこの部がどういう日取りでここを使うかって話で、
タコどもがもめてんだ」
タコさん達がもめてますか。
モヒカン先輩は、べっ、と勢いよく自分の足元に唾を吐き、
「ってことは、その間はここが俺達、どパンクのモンってことだ」
……勝手にそう決めたんですね。よくわかります。
っていうか青空サークルなんだ。部室はないんですね。
モヒカン先輩は突然、大声で、
「ウォーイ! 勝山! 新入部員を連れてきたぜ!」
「あっ、ちゃんと見つかったんだ。よかったね!」
グラウンドの向こう側にいた男子生徒が全力疾走で近づいてくる。
モヒカン先輩の知り合いだから、
同じくパンクファッションの怖い人かと思ったのだけど……。
白いセーターにジーンズ。
痩せ型でおそろしくさわやかな笑顔の人だった。
もっ、もっ、物凄く人が良さそう!
なんで、こんな人がモヒカン先輩と同じサークルに?
その人は私よりビックリして、
「えええっ?! きっ、キミが、くっ、久保寺……さん?」
「はっ、はい。私が久保寺ですけど……」
「あっ、ああ! あっ、ごめん。
女の子だって聞いてなかったものだから、ビックリしちゃって。
男子だと思い込んでたよ」
モヒカン先輩は平然と、
「ん~、言ってなかったか?」
「言ってないよ! モヒカンの話を聞いてたら、
男だと思うに決まってるだろ?」
モヒカン先輩はこの人に私がどういう人物だと説明したわけ?
モヒカン先輩は自分の足元に、べっ、と唾を吐いて、
「へっ、まぁ、いいや」
いや、よくないだろ。どうせあることないこと喋ったに決まってる!
だいたい私の変な逸話って、
モヒカン先輩がやらせたことばっかりじゃないか!
わっ、私は男子と間違われるような女の子じゃありません! 
モヒカン先輩は隣の白いセーターの背中をパンと叩いて、
「おう、こいつが二年の勝山だぜ」
「よろしく。二年の勝山。放送学科です」
「私は一年の久保寺みかです。文芸学科です」
「へっ、ついにどパンク部も三名になったぜ」
「えっ? 三名? えっ? これで全員ですか?」
 勝山さんはやわらかく微笑んで、
「そうだよ。今年度、モヒカンが新しく作ったサークルだからね。
久保寺さんに自分が後輩をやってる所を見せたくないんだって」
「えっ?」
モヒカン先輩は私から顔を背けて、
「っせぇな。そういうわけじゃねって。
ファッキン糞みてぇなサークルしかないから、
俺が新しいサークルを作るしなかっただけのことだぜ」
「……ええっ? このサークルって、
私のために作ったってことですか?!」
なっ、なっ、なんて! なんてありがた迷惑!
モヒカン先輩はビシッと私を指差して、
「ファック! 勘違いすんじゃねぇぜ!
別にオメーのために作ったわけじゃねぇ。
俺は先輩という存在が嫌いなたけだぜ!
俺の前に立つんじゃねぇ!」
「いやいや、モヒカン先輩だって、南陽高校の放送部じゃ、
普通に後輩やってたじゃないですか?
鈴夫先輩達と普通に仲良くしてたじゃないですか」
「あの人らは糞じゃねぇからいいんだよ。
とにかく、作っちまったんだ。
三人でファッキン地獄の果てまで行くぜ!」
……ファッキン地獄。
そんな所に私は連れ去られてしまうのか。なんてこった。
「オメーもこの動画を見りゃ、俺の言うこと理解できるぜ」
 モヒカン先輩は再び、べっ、と唾を吐いて、
「勝山、あのファッキンシットなブツを見せてやってくれ」
「うん、わかった」
 勝山さんは手にしていたバッグから、ノートパソコンを取り出すと、少しの間いじいじして、
モニターを私に向ける。メディアプレイヤーが立ち上がっていた。
「これは僕とモヒカンが一年の時に所属していた、
映像系サークルの作品なんだけどね」
「はい」
「ファック!」
「その中でも一番、発言力があるというか、そのサークルで目立つ人が作ったモノなんだ」
「ファック!」
「んじゃ、見せるね」
「ファック!」
あー、もう、横からファックファックうるさいなぁ!
私が相槌を打てないじゃないか!
よっぽどこれから見る映像が嫌いってことなんですね。
……いったいどんな映像なんだろう?
勝山さんが再生ボタンをクリックする。
生卵を屋上から次々と落とす様子が写されていた。
生卵が割れる映像とヒトラーの演説が交互に現れる。
はぁ、なるほど……なんかいかにもって感じだ。
なんていったらいいのかよくわからないけど、
いかにも芸大生って映像だ。
勝山さんは穏やかな声で、
「卵は固定観念でそれが割れるというのは、
新たな意識が芽生えるということ。
しかし、その先にあるのは悪魔的な未来かもしれない、
ということをこの作品で訴えたかったらしいよ」
「ファック! ファック!
俺はこんな作品を作るハンプティ・ダンプティ野郎を
先輩と呼ぶくらいなら、鎮痛剤のオーバードーズで死ぬぜ!」
「はぁ、死にますか……」
 鎮痛剤で自殺って痛くなさそうでいいですね。
って本気でやろうとしたら滅茶苦茶苦しむのかしれないけど。
「ファック! オメー、芸術ってなんだと思う?」
「えっ?」
「ファッキン芸大に来たんだから、考えたことくらいあんだろ?」
急にそんなこと言われても……。
「えっと、その……人を感動させることでしょうか?」
「違ぇよ! タコが! てめぇもハンプティ・ダンプティ野郎か?
そのうち塀から落として叩き割るぞ!」
「モヒカン先輩はどう思うんですか?」
「芸術ってぇのはびびらしたもん勝ちの世界だろうが。あん?
ピカソだろうがベートーベンだろうが、
あいつらは作品で、見る人、聞く人をびびらしたから、
名前が残ってんだ。びびらしたから凄ぇんだ!」
「そっ、そうなんですか?」
「ったりめぇだろ! 芸術は威嚇だ!
そんなふわふわファッションしてっから、んなこともわかんねぇんだ。
明日、ヘソにピアス開けに行くぞ、オラ」
絶対に行きません。というかヘソにピアスって開けるものなの?
モヒカン先輩は拳の裏側で、こつん、とモニターを叩いて、
「でっ、ひるがえって、コイツだ。この映像、びびるか?
世界で最初に、卵を落とす映像を撮って、
芸術だって言い出した奴は偉いし、俺だってびびるぜ?
だけどこんなもん何番煎じなんだよ。ファッキンありえねぇ!」
「はぁ……まぁ、そうですね。こんなの誰でも作れそうですもんね」
「まず、最初のどパンクの映像はこいつが、
いかにくだらねぇファッキン俗悪なシット精神で作られたかを
証明することからはじめるぜ、タコ野郎!」
……って言われてもなぁ。
 それって、私にかなり関係ないことっぽいぞ。
入学早々、変な争いに私を巻き込まないで欲しい。
「ついて来いッ!」
 モヒカン先輩と勝山さんの後について、
私は気乗りしないままトコトコとグラウンドの隅に向かう。

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